褌体験談I
◇ 初めて六尺褌を締めた褌祝いの時のことが忘れられない。
茶道の家元である我が家に代々続いてる儀式で、跡継ぎの男の子が10歳の10月10日に初めて六尺褌を締めるというものである。 六尺褌を初めて締めるだけじゃなく、褌を締めた後、女性と性行為して童貞を捨てるという習わしもある。
10歳だと殆どの男の子は精通もまだだし、女性器に挿入するだけで形だけの童貞喪失となることが多いらしい。
当然自分もまだ精通してなかったし、オナニーをすることもなかった。
ところが、いざその場になると相手の女性が驚くほど立派に勃起し、挿入したら本能的に腰も振り、あっという間に膣内に初めての射精をしていた。
10歳で文字通りの童貞喪失を成し遂げた。
◇ 漁師だった親父が褌を締めていた。一度漁に出ると2、3日帰ってこないのは嫌だったが、疲れて帰ってきてもキャッチボールの相手をしてくれる親父が好きだった。ガキの頃にはもう周りの大人はトランクスかブリーフだったから、聞いてみたら「フカ避けになるというし、無事に家に帰れるようにってゲンかつぎだ」と笑っていた。家にいるときはたいてい越中だが漁に出るときは六尺で、学校から帰ってきて物干しに六尺がかかっていたときは、顔には出さないが嬉しかった。
◇ 水泳の授業で海パンを忘れてきたために、赤褌でプールで授業をしましたが、生徒等は珍しいのか、ひやかしがやかましかったです。それ以後は褌が意外と楽に泳ぎが出来ますが、教頭先生からは、海パンで授業に、となりました。中学生たちには刺激がありすぎたようです。
◇ 中学・高校時代に近くの銭湯では、六尺や越中の人が大勢いました。中でも全身彫り物をしお腹が出たおじさんの白い六尺姿を見てかっこいいと思いました。
結婚して下町のアパートに住んでいた頃、時々近くの薬湯(?)に越中で出かけましたが、あるとき、六尺のおじさんから「いい若い者が越中だなんてだらしない、六尺にしなさい」といわれたこと。
◇ 中学校まで夏の川での水泳は皆ふんどしでした。低学年は黒の三角高学年や中学生は六尺でした横から毛がはみ出しているのを見て心をワクワクさせたものです。
◇ 越中褌の夏場は涼しくて気持ち良いですね。団扇を持ち浴衣の中に越中褌を着けて林の畦道を通り抜けて河原で涼みますよ。アカシアの葉がそよ風に揺れる木漏れ日が差し、大きな石の上に腰掛け団扇で・・・・・・裾が少しそよ風に煽られ白い褌が見え隠れ・・・・。夕方4時30分頃は少しずつ日が傾くので身体のラインが透けて見えるので魅力的ですね。と一緒に行った同組合のひとに言われます。
◇ 越中褌は夏場は涼しくて気持ち良いですね。団扇を持ち浴衣の中に越中褌を着けて林の畦道を通り抜けて河原で涼みますよ。夕方4時30分頃は少しずつ日が傾くので身体のラインが透けて見えるので魅力的ですね。と一緒に行った同組合のひとに言われます。
◇ 小学5年の時、夜親が不在時、親父の越中しめて、せんずりしてたら、初めて精液を飛ばした、びつくりで、親父の褌でふき取り、盥の中にほりこんだ、翌日竿にはためいていた、今でも時々思いだす、懐かしい。
◇頭の手術の全般 一昨年脳神経外科にて開頭手術を行って 集中治療室内でT字帯が 越中との出会いでした。 それまでは自分には無縁のものと思っていました。 その時点ではボクサータイプのブリーフをはいてましたが、その夏の暑さに股間は蒸れるはまいりました。 その時、退院後忘れ去られていたT字帯を思い出し、暑さのためならと似合う、似合わないは関係ないと引っ張り出したのがきっかけで 締めてみるとあまりの楽さ 心地よさに 今では、自分のさじ加減で自分の越中を作っています。素人仕事なのであまりうまくはありませんが・・・ それでも良く行く飲み屋さんの店の人や飲み友達には作ってあげたりしています。
◇ 日帰り温泉に行ったときは越中だったので年配の人から戦地は何処に行ったのと聞かれた 俺は戦後生まれだけどと言ったら 兵隊の時越中だったので珍しいとシゲシゲと見つめられ 越中の上からお尻を触っていいと聞いてきたので 恥ずかしい触らせたその後褌の話をした
◇子供(小学生)のころ、真夏に父親が六尺褌一丁で家の中で過ごしており、赤銅色に焼けた身体に真白い晒し木綿の六尺褌が何とも男らしく格好良かった、依頼この光景が瞼の奥にずっと刻まれていて今でも忘れられない。
◇ 海辺の田舎町に住んでいた当時、近所に褌が干されている家があって、幾度か見かけるうちに自分も試してみたくなって訪ねてみた。出てきた奥さんに購入先を聞くと、買ったのではなく自分で縫ったもので、愛用者は夫とのこと。「欲しいなら縫ってあげる」との好意で褌を入手。これを締めてから褌に対する見方が全く変わった。少数派ながら未だに褌愛用者が存在する理由が分かった。その理由は自分が説明するよりも愛用者の皆さんが心身で感じていることのほうが上手く説明できるはず。自分はこの褌初体験がいちばん忘れられない思い出だけど、愛用者は各自忘れられない褌初体験をもっているでしょう。
茶道の家元である我が家に代々続いてる儀式で、跡継ぎの男の子が10歳の10月10日に初めて六尺褌を締めるというものである。 六尺褌を初めて締めるだけじゃなく、褌を締めた後、女性と性行為して童貞を捨てるという習わしもある。
10歳だと殆どの男の子は精通もまだだし、女性器に挿入するだけで形だけの童貞喪失となることが多いらしい。
当然自分もまだ精通してなかったし、オナニーをすることもなかった。
ところが、いざその場になると相手の女性が驚くほど立派に勃起し、挿入したら本能的に腰も振り、あっという間に膣内に初めての射精をしていた。
10歳で文字通りの童貞喪失を成し遂げた。
◇ 漁師だった親父が褌を締めていた。一度漁に出ると2、3日帰ってこないのは嫌だったが、疲れて帰ってきてもキャッチボールの相手をしてくれる親父が好きだった。ガキの頃にはもう周りの大人はトランクスかブリーフだったから、聞いてみたら「フカ避けになるというし、無事に家に帰れるようにってゲンかつぎだ」と笑っていた。家にいるときはたいてい越中だが漁に出るときは六尺で、学校から帰ってきて物干しに六尺がかかっていたときは、顔には出さないが嬉しかった。
◇ 水泳の授業で海パンを忘れてきたために、赤褌でプールで授業をしましたが、生徒等は珍しいのか、ひやかしがやかましかったです。それ以後は褌が意外と楽に泳ぎが出来ますが、教頭先生からは、海パンで授業に、となりました。中学生たちには刺激がありすぎたようです。
◇ 中学・高校時代に近くの銭湯では、六尺や越中の人が大勢いました。中でも全身彫り物をしお腹が出たおじさんの白い六尺姿を見てかっこいいと思いました。
結婚して下町のアパートに住んでいた頃、時々近くの薬湯(?)に越中で出かけましたが、あるとき、六尺のおじさんから「いい若い者が越中だなんてだらしない、六尺にしなさい」といわれたこと。
◇ 中学校まで夏の川での水泳は皆ふんどしでした。低学年は黒の三角高学年や中学生は六尺でした横から毛がはみ出しているのを見て心をワクワクさせたものです。
◇ 越中褌の夏場は涼しくて気持ち良いですね。団扇を持ち浴衣の中に越中褌を着けて林の畦道を通り抜けて河原で涼みますよ。アカシアの葉がそよ風に揺れる木漏れ日が差し、大きな石の上に腰掛け団扇で・・・・・・裾が少しそよ風に煽られ白い褌が見え隠れ・・・・。夕方4時30分頃は少しずつ日が傾くので身体のラインが透けて見えるので魅力的ですね。と一緒に行った同組合のひとに言われます。
◇ 越中褌は夏場は涼しくて気持ち良いですね。団扇を持ち浴衣の中に越中褌を着けて林の畦道を通り抜けて河原で涼みますよ。夕方4時30分頃は少しずつ日が傾くので身体のラインが透けて見えるので魅力的ですね。と一緒に行った同組合のひとに言われます。
◇ 小学5年の時、夜親が不在時、親父の越中しめて、せんずりしてたら、初めて精液を飛ばした、びつくりで、親父の褌でふき取り、盥の中にほりこんだ、翌日竿にはためいていた、今でも時々思いだす、懐かしい。
◇頭の手術の全般 一昨年脳神経外科にて開頭手術を行って 集中治療室内でT字帯が 越中との出会いでした。 それまでは自分には無縁のものと思っていました。 その時点ではボクサータイプのブリーフをはいてましたが、その夏の暑さに股間は蒸れるはまいりました。 その時、退院後忘れ去られていたT字帯を思い出し、暑さのためならと似合う、似合わないは関係ないと引っ張り出したのがきっかけで 締めてみるとあまりの楽さ 心地よさに 今では、自分のさじ加減で自分の越中を作っています。素人仕事なのであまりうまくはありませんが・・・ それでも良く行く飲み屋さんの店の人や飲み友達には作ってあげたりしています。
◇ 日帰り温泉に行ったときは越中だったので年配の人から戦地は何処に行ったのと聞かれた 俺は戦後生まれだけどと言ったら 兵隊の時越中だったので珍しいとシゲシゲと見つめられ 越中の上からお尻を触っていいと聞いてきたので 恥ずかしい触らせたその後褌の話をした
◇子供(小学生)のころ、真夏に父親が六尺褌一丁で家の中で過ごしており、赤銅色に焼けた身体に真白い晒し木綿の六尺褌が何とも男らしく格好良かった、依頼この光景が瞼の奥にずっと刻まれていて今でも忘れられない。
◇ 海辺の田舎町に住んでいた当時、近所に褌が干されている家があって、幾度か見かけるうちに自分も試してみたくなって訪ねてみた。出てきた奥さんに購入先を聞くと、買ったのではなく自分で縫ったもので、愛用者は夫とのこと。「欲しいなら縫ってあげる」との好意で褌を入手。これを締めてから褌に対する見方が全く変わった。少数派ながら未だに褌愛用者が存在する理由が分かった。その理由は自分が説明するよりも愛用者の皆さんが心身で感じていることのほうが上手く説明できるはず。自分はこの褌初体験がいちばん忘れられない思い出だけど、愛用者は各自忘れられない褌初体験をもっているでしょう。
24/09/14 06:08更新 / 褌三昧
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